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リベラルに関するsakstyleのブックマーク (14)

  • さっぱりリベラリズムではない現代的リベラルの二つの源泉 - 蒼龍のタワゴト~認知科学とか哲学とか~

    現代においてリベラルと呼ばれる立場や人々に、私はよく理解できないところが多くある。マイノリティの権利と称して極端な考えを他人に押し付けようとしたり、被害者(とされる人)の主観を絶対視したりと、あまり正気に見えない。私はロールズを始めとする政治哲学を個人的に勉強していてまあまあ詳しいと思うし、左翼と近代主義の区別ができない日のネトウヨなんて馬鹿にしている。そんな私でも現代にリベラルと呼ばれるものが、私が理解しているリベラリズムと違っているとしか思えなくて、長らく困惑していた。 現代的リベラルの源としての文化左翼―ローティ― そんな訳の分からないリベラルは日の特殊事情だろ!…と思おうともしたが、アメリカでも似た事情があるらしいのでそうとも言い切れない。私はそうした立場や人達を(正統派リベラリズムと区別して)現代的リベラルとここで呼ぶことにするが、それはポストモダン左翼と呼んでもいい。最近は

    さっぱりリベラリズムではない現代的リベラルの二つの源泉 - 蒼龍のタワゴト~認知科学とか哲学とか~
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    sakstyle 2024/05/02
    司法を通して実現される(最高裁判事に依存する)ドゥオーキンの権利基底リベラリズム/政治的にも司法的にも行政(官僚)的にも効力を持てないから日本のリベラルは私的領域に影響を駆使している、と
  • アダム・スミスと「公共性」について - 梶ピエールのブログ

    アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書) 作者: 堂目卓生出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2008/03/01メディア: 新書購入: 8人 クリック: 169回この商品を含むブログ (114件) を見る 『国富論』や『道徳感情論』を翻訳ですらまともに読んだことない無教養な人間にとってはとてもためになるだった。内容については、 ここで描かれたスミスは、個人の利益追求絶対者でもなく、急進的規制緩和論者でもなく、市場原理主義者でもなく、経済成長論者でもなく、富国論者でもない。人類の存続と繁栄を希求し,時々の政策課題に真摯に対応し、現状にたいして熱狂も絶望もしない等身大の人間に幸福の境地を見たスミスといってもいい。 という赤間道夫氏の評が簡にして要を得ていよう。 特に印象だったのは、「富」を目指す「弱い人(小人・俗物)」と「徳」を目指す「賢人(君子)」との二元論に

    アダム・スミスと「公共性」について - 梶ピエールのブログ
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    sakstyle 2008/05/19
    現状にたいして熱狂も絶望もしない等身大の人間に幸福の境地を見たスミス/スミスの議論では、必ずしも徳の高くない「弱い人」をして「公共性」に向かわしめる装置として「市場」に高い地位が与えられる
  • 502 Bad Gateway nginx openresty 52.68.0.227

    502 Bad Gateway nginx

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    sakstyle 2008/05/05
    5/11、春の文学フリマに参加します!「『偶然性・アイロニー・連帯』を読む座談会」など
  • メタユートピア/ゾーニング/テクノロジー - 絶倫ファクトリー

    以下現在書いている原稿用のメモ。 メタユートピアとゾーニング メタユートピアという言葉がある。ロバート・ノージックによる論が有名であるが、リベラルな社会においては多様な価値が混在しており、人々は同じ価値を認め合うものどうしが自発的な共同体を作り、すみわけを行う。そしてそのことを認める包括的な社会の存在をメタユートピアと呼ぶ。 メタユートピアは、その表象に目を配ればゾーニングと大差なくなる。ゾーニングもまた、社会設計として同じ価値を共有するもの同士の結合とそうでないものの分離を容認する。 「公共性」論 作者: 稲葉振一郎出版社/メーカー: NTT出版発売日: 2008/03メディア: 単行購入: 8人 クリック: 172回この商品を含むブログ (66件) を見る このにおける稲葉のメタユートピア論によれば、両者における決定的な差は、管理人の有無と言えるかもしれない。ユートピアにはいざとな

    メタユートピア/ゾーニング/テクノロジー - 絶倫ファクトリー
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    sakstyle 2008/04/19
    脱社会的存在(宅間的な)に、メタユートピア的テクノロジーは対処可能か
  • 雑記2008年3月15日(土) - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ

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    sakstyle 2008/03/19
    赤田さんの考える理想の社会像があついw /独学道・受験参考書を使え/パターナリズムってそんなに悪くないんじゃないか
  • ローティの「非愛国的なアカデミー」について - スマイル・トレーニング・センター

    昨年物故したアメリカの哲学者リチャード・ローティが、1994年『ニューヨーク・タイムズ』に発表した「非愛国的なアカデミー」を、ざっとですが訳してみました。原文はネットで全文読めます。 The Unpatriotic Academy - New York Times 非愛国的なアカデミー  大半の人は、政府の臆病さや堕落ぶりに憤りを感じるであろうにも関わらず、また、もっとも弱きもの貧しきものに対して現になされつつあることに対する絶望感にも関わらず、それでも、自分達の国に一体感を持っている。自分達で創り出し、自分達で改良し、長く持続している立憲民主政治の市民であることに、誇りを持っている。アメリカ合衆国は、輝ける──たとえ色あせつつあるにしても──国民的伝統をもっているのだ、と思っている。 こういった原則に対する例外の多くは、大学でみられる。大学の中の学科は、左翼の政治的見地にとって、聖域とな

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    sakstyle 2008/03/04
    文化左翼批判/愛国的な左翼/多元主義と多文化主義/エマーソン
  • 橋本努「リチャード・ローティを脱構築する」

    HOME リチャード・ローティを脱構築する 『理戦』no.74, 2003 Autumn, pp.66-87. 橋努 0.はじめに 「それを言っちゃぁ、おしまいよ」――世の中には、聞いてしまったら身も蓋もない答えが返ってくるような問いがある。哲学者リチャード・ローティが執拗にたずねまわるのは、そんな問いだ。とりわけ彼は、自身が身を置くアカデミックな正統哲学を無用であると告発し、哲学にルサンチマンを抱く人たちの生を肯定する。その魅力は、共倒れを覚悟で相手に最大のパンチをかますという、アイロニーの手法にあるだろう。相手を倒すが、自分もいずれ倒れる覚悟を決めておく。哲学に対する彼のアプローチは、そうした捨て身戦法にかける「意気込み」にある。 だが一方で、ローティの痛快さを嫌う人も多い。批判者たちによれば、「ローティのいうアイロニストの語彙では、民主主義を支持する理由を次の世代へ伝えていくことは

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    sakstyle 2007/11/08
    ポストモダン・ブルジョワってすごい言葉だなw/ローティ・リベラルとその限界について(アイロニーとリベラルは「あえて」接合されている)(社会学的に問題ないか、矛盾を生じてはいないか)
  • 【海難記】 Wrecked on the Sea - 続・「市民」とは誰か~『〈民主〉と〈愛国〉』再読

    来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…

    【海難記】 Wrecked on the Sea - 続・「市民」とは誰か~『〈民主〉と〈愛国〉』再読
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    sakstyle 2007/09/10
    多文化主義の限界
  • 【海難記】 Wrecked on the Sea - 「市民」とは誰か?『思想としての〈共和国〉』を読む。

    ハリイカの焼売と中華炒め ハリイカをよく、見かけるようになりましたよ。生け簀で、泳いでいたものを一杯購入しました 立派な大きな墨袋や肝は冷凍保存して 柔らかな身は季節のお豆、お野菜と合わせて中華の炒めものに。新鮮なにんにくの茎は刻み、香り高く欲そそられますね 下足はミンチにし…

    【海難記】 Wrecked on the Sea - 「市民」とは誰か?『思想としての〈共和国〉』を読む。
  • http://sofusha.moe-nifty.com/series_01/2007/08/5_b927.html

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    sakstyle 2007/08/11
    アーレントは基本的に人間の抱く“正義感”を信用していない人/(サヨクやウヨクの人は)気短に「どうしてこれだけの苦しみを理解しないのだ。君は人間ではない!」/共感を強要しないこと
  • sociologbook | 2007/07 - 小ネタ

    先日開催された「癒しフェア」に潜入した驚愕のルポルタージュ! わざわざ東京くんだりまで行ってカネ払って会場に入っていろいろ試してみましたシリーズ! すべて実名です! 「ドラゴンさん」とは何か!? あれ〜あの人たち頭に傘かぶってるよ! 男とすぐに別れる35歳の女性は幸せを掴むことができるのか!? 「理工学部物理学科」では「波動物理学」を学ぶことができるのか!? 全人類を救う「俺もよく吐くんだぁ理論」とは何か!!? ぷにっき - 癒しフェアレポ:その1 ぷにっき - 癒しフェアレポ:その2 ぷにっき - 癒しフェアレポ:その3 ぷにっき - 癒しフェアレポ:その4 ぷにっき - 癒しフェアレポ:その5 ぷにっき - 癒しフェアレポ:その6 すべての謎がいま解き明かされる! 癒しとかスピリチュアルとか江原とかに(いろんな意味で)興味がある方は必見! やたらと「!」が多くてごめん!

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    sakstyle 2007/07/15
    必要なのは(...)根拠のない神経症的な不安と恐怖を取り去る、「宥める左翼」だ
  • http://www.arsvi.com/0w/ts02/2005069.htm

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    sakstyle 2007/06/28
    リバタリアン的な財の所有権の考えに対する反駁/リバタリアンの所有権についての考えは確かに何か歪つなものを感じる/かといってリベラルは本当に説得的たりえるのだろうか
  • 東浩紀×萱野稔人―暴力のエコノミーと環境管理 - ニート☆ポップ教NEO

    今さらなのか分からないが萱野稔人にハマっている。 彼のブログ(萱野稔人「交差する領域」)などを読んでてなんとなく最近の東浩紀と近いものを感じていた。それは、いつかの東氏のトークイベントで福嶋亮大に指摘された「身も蓋もない話」から始めるという点においてだ。 例えば東浩紀なら「動物」「認知限界」「生殖」、萱野なら「暴力」「カネ」から考えるように。それら二人の出発点は萱野氏がまとめるように「生存」というキーワードで結び付けることもできるだろう。萱野のを読むことで東浩紀が最近問題にしている話がまた見えやすくなった。 立ち位置や見た目では対照的にも見えるかもしれない二人だが、互いに1970年、1971年生まれと世代においてもかなり近い。萱野氏は『東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)』で東が言及したような愛知県の「荒々しい郊外」で生まれ育ったという。それらのことが二人の感性

    東浩紀×萱野稔人―暴力のエコノミーと環境管理 - ニート☆ポップ教NEO
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    sakstyle 2007/06/27
    同じく対談の活字化希望。聞きたかった。リベラルの限界!!東のリバタリアン的解には凄く惹かれるが、リベラルでありたいと僕は思う。そういえば最近うちの親も萱野を気に入っている。
  • 「自由論」J.S.ミル/「Haru」始めました。 - 絶倫ファクトリー

    ミニブログ Haru.fmへようこそ! 「Haru」を始めてみました。すげー気軽に書き込めるブログ?みたいな感じ。 かなりゆるい。まだベータ版なので色々突っ込みどころはあるけれど、日語版Twitter見たいな感じで良。 み、みんなで頑張って繋がろうよ! …社会学的に見たらどんなサービスに見えるのかこれ。考えてみるべきだ。 ところで誰か僕を「nowa」に招待してください。。。←新しモノ好き 自由論 (岩波文庫) 作者: J.S.ミル,John Stuart Mill,塩尻公明,木村健康出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1971/10/16メディア: 文庫購入: 13人 クリック: 93回この商品を含むブログ (53件) を見る J.S.ミル。今検索したら新訳出てたのね…まいいよ中古だから。 250ページくらいの、厚くない。 趣旨は一貫しており、実に明快。すなわち、「我々を自由にせよ」

    「自由論」J.S.ミル/「Haru」始めました。 - 絶倫ファクトリー
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    sakstyle 2007/05/12
    ミルが擁護している自由というのは、個々人が持つ自由というよりも、抽象化された「自由」という「概念」なのだろう。自由という概念が傷つくことを、徹底的に彼は嫌った。だから自由を放棄する自由を認めなかった。
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