朝日新聞の連載企画を基に先般刊行された朝日新聞社編『危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』』(徳間書店)に寄稿した拙文(インタビューのフォーマットに合わせて編集者に合いの手を入れてもらった以外は当方の書下ろしである)は、紙面でもまた単行本でも大幅に縮減されたものである。徳間書店のご厚意によってここに原型を復元し公開する。 =================== ――研究者としての著書も多数あるなかで、稲葉さんの最初の著書は『ナウシカ解読 ユートピアの臨界』(1996年刊、2019年に増補版を刊行)です。稲葉さんは、今この作品をどう評価しますか。 宮崎駿のまんが『風の谷のナウシカ』はすでに古典になっています。古典になっている、ということの意味は色々ありますが、ひとつには後進にとっての模範、ベンチマークを提供している、というところです。これについては後に詳しく述べましょう。もうひとつは、もう
実際のトークではとてもではないがこの半分も話せてはいません。 ============ 2020年1月31日 『ナウシカ解読増補版』刊行記念トークセッションのためのメモ 稲葉振一郎 1.山川賢一のプロジェクト: ピンカー、デネット、ドーキンス的な現代啓蒙(無神論)の立場からポストモダン左派(「啓蒙の弁証法」的ニヒリズム)を批判している。 しかしその単なる反転(例えば「暗黒啓蒙」)に行かないためにはどうすればよいのか? ex.ドーキンスの宗教否定は裏返しのファナティシズムの危険 単なる現世否定と破滅志向は革命志向や過激な進歩主義の裏返しにしか過ぎない。問題はギアをニュートラルにすること。しかしこれが難しい。 ex.ナウシカのやったことは、ただ未来を餌に人類を管理する権力を拒絶したこと、人類を滅ぼそうとしたわけではない――しかし結果的に、副次的効果として、人類滅亡の可能性を高めた? 私見では「
全体主義は否定すべき悪であるのか? 本書『政治の理論』に至るまでの私の仕事を振り返ってみるならば、まず1999年の『リベラリズムの存在証明』という本があった。あの本のライトモチーフはひとつには”Taking Libertarianism seriously”であり、直観的には荒唐無稽だが、すっきりと明快であるがゆえになかなか決定的な論駁が難しく、思考実験としては大いに魅力的であるリバタリアニズム、最小国家論に対して普通のリベラリズムをどこまで防御できるか、という問題意識がそこにはあった。 今一つのモチーフとしては、経済学における「ケインズ経済学のミクロ的基礎付け」とのアナロジーで言えば「全体主義のミクロ的基礎付け」とでもいうべきものであり、合理的選択理論を根底に置いた考え方で、どこまでいわゆる全体主義というものを理解できるか、またそれに抵抗する方途としてはどのようなものが考えられるのか、と
宇宙倫理学入門 作者: 稲葉振一郎出版社/メーカー: ナカニシヤ出版発売日: 2016/12/26メディア: 単行本この商品を含むブログ (14件) を見るガガーリンによる初めての有人宇宙飛行(1961年)から、かれこれ60年近くたったが、人類の活動範囲はいまだ地球を周回する軌道上までにとどまっており、有人による宇宙開発はあまり活発であるといえない。現在、世界の主要な国々で有力な価値観となっている自由主義(リベラリズム)の立場からいえば、膨大な資源を必要とし幾多のリスクをはらむ有人宇宙開発を、公的に強く進める理由は特に見つからない、というのが著者の見解である。実際、有人宇宙開発をもっとも強く進めている国は現在、必ずしも自由主義国家とはいえない中国である。 宇宙開発を普通の科学技術開発としてとらえるならば、それを公的に支援するのは、初期投資が巨大であり、波及効果が公益性を持つゆえである。しか
宇宙倫理学入門 作者: 稲葉振一郎出版社/メーカー: ナカニシヤ出版発売日: 2016/12/26メディア: 単行本この商品を含むブログ (6件) を見る近年イーロン・マスク率いるスペースX社を筆頭に、民間企業による宇宙開発が加速している。本書は「宇宙倫理学」と書名に入っているように、そうして人間が宇宙に出ていく際に不可避的に発生する倫理/哲学的な問いかけについての一冊だ。 ショートレンジとロングレンジの問いかけ そうした説明だけをきいてなるほど! 宇宙での倫理を問うのねわかるわかる! とはなかなかならないだろうから、具体的にその「宇宙倫理学」の中で、どんな問いかけ/議論が存在するのかをざっと紹介してみよう。まず身近な問題でいえば、宇宙における軍備管理、人工衛星から得られる情報の取扱、スペースデブリの処理をめぐる問題、宇宙飛行士その他宇宙滞在者の健康管理についてなどなどがあげられる。 現在
稲葉振一郎『不平等との闘い:ルソーからピケティまで』文春新書, 文藝春秋, 2016. 経済思想史。注意すべきは、タイトルからイメージされるような、不平等の解消や貧困撲滅のための歴史的に重要な運動や政治的動向を扱った本ではないこと。ジェンダー格差や人種差別なども直接には対象としていない(依拠している経済学がこれら概念を採用していないというべきか)。あくまでも焦点は経済上の格差で、経済学者の格差観やアプローチ法を整理したものである。登場する概念は抽象的で論理も複雑、新書としてはけっこう難しい内容といえる。 強引にまとめてみると以下。「不平等はけしからん。その原因は私的所有権だ」というルソーに、「貧困にまみれた野蛮人状態より生活水準があがったほうがよくね?格差があったとしても」というアダム・スミスを対置して本書の議論は始まる。スミス一派に対し「何にも資本を持たない労働者は経済発展の恩恵にあずか
京都大学宇宙総合学研究ユニット KYOTO UNIVERSITY UNIT OF SYNERGETIC STUDIES FOR SPACE Twitterのハッシュタグは #usss2015 です ☆[2015.01.11] 会場にはまだ席に余裕があります。申し込みされていない方でも、当日ぜひ会場に足をお運び下さい。参加費は無料です。 Ustream中継はこちらから 講演者資料 「系外惑星を通して人類文明を問いなおす」 佐々木貴教 「人類が宇宙に漕ぎ出すための未来の船」淺田正一郎 「日本の宇宙産業における「ものづくり」の言説」岩谷洋史 「環境倫理学と宇宙開発」神崎宣次 京都大学宇宙総合学研究ユニットでは、理学、工学、人文社会科学の幅広い領域に渡る 総合的な宇宙研究の開拓を目指して発足し、JAXA/ISASとも連携して、人類が生きていく 生存圏としての宇宙に関わる諸問題の研究を推進してきまし
刊行につきましては京都の某書肆と口約束を交わしております。 =========================== 現在、宇宙開発関係者の一部からは、哲学・倫理学サイドからの宇宙開発へのアプローチに対して、ある種の期待が寄せられているように思われる。 近年日本の宇宙政策においては、2008年の宇宙基本法の制定に見られる如く、非常にはっきりした態度変更がなされている。 従来日本の宇宙開発は旧宇宙開発事業団(NASDA)と宇宙科学研究所→現日本航空宇宙研究機構(JAXA)の主導の下、官学セクターを軸とした学術研究を中心としており、そこに放送通信、気象観測、資源・環境探査といった目的に沿う限りでの民間商業事業者の参入がなされる、といった形で行われていた。即ち、かつての米ソ(のちに露)二大巨頭を典型とする世界の宇宙開発において顕著だった、宇宙の安全保障目的での利用、軍事的利用が法的に禁じられており
「宇宙SF」の現在――あるいはそのようなジャンルが今日果たして成立しうるのかどうか、について 稲葉振一郎 社会哲学 情報 #タウ・ゼロ#超人類#ポストヒューマン#synodos#老人と宇宙#シノドス#フェッセンデンの宇宙#SF#天の光はすべて星#ロケット・ドリーム#最後にして最初の人類#スター・トレック#スターメイカー#ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選#第六大陸#ディアスポラ SFにとって伝統的なペット・テーマである宇宙――宇宙開発、星間文明、異星人との接触といった主題系は、近年やや存在感を弱めているように思われる。マリナ・ベンジャミンのルポルタージュ『ロケット・ドリーム』(青土社)は、従来考えられていたより宇宙航行は生身の人間にとってはるかに過酷であること(放射線被曝、無重力等の人体への悪影響等々)、地球外知的生命探査(SETI)が今のところほとんど成果をあげられていな
2012/5/299:0 3.11以後の世界とSF第一世代の可能性(1) 新城カズマ×稲葉振一郎×田中秀臣 想像を超える自然災害、急激に変貌する経済の動向、日常生活が直面する先の見えない不安。東日本大震災以後、私たちの想像力と論理的思考の成果と限界とが問われて続けている。 SFというものは、人間の思索(Speculation)の限界に挑戦し、その限界を拡張する試みだといわれている。例えば、多くの日本人は日本を代表したSF作家小松左京の『日本沈没』のエピソードのいくつかを、今回の大震災においても想起したに違いない。それは小松の世界観の強度を改めて私たちに認識させると同時に、また私たちが(小松でさえも予想しなかったような)新しい環境に直面していることをもいやでも認識する出来事だったろう。 今回の座談に集まった私たち三者は、小松左京を中心に、日本のSF「第一世代」といわれる作家たちの業績を振り返
2010年度、明治学院大学社会学部、社会学科卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。 卒業式が直前に中止となったことにつきましては、お詫びの言葉もありません。私たち教員も、皆さんの門出をいつも通りにお祝いすることができなくて、とても悔しく、情けなく思っております。 思えば皆さんは、去るリーマンショック以降の世界不況、そこからの日本経済の回復の立ち遅れをもろに食い、就職戦線において未曾有の苦戦を強いられました。今また先般の東日本大震災を体験し、先の見えない未来の前に不安でいっぱいかと存じます。「なんて運が悪いんだ。」そう思われても無理はありません。 しかし、これをストレートな「幸運」と呼ぶのははばかられるのですが、単純に不幸とばかり言えない、ある巡り合わせの下にあなた方があることを、私はお伝えしたいと思います。 大体において勉強、学問のありがたみというやつは、学校において生徒として学んで
自分でもよくわかっているわけではないのだがたとえば(これはあくまでも一例でしかない、自分はホームレス問題について深刻な関心を持ってはいない)、ホームレスの公園「占拠」を巡る事件において、事実としてではなく権利としての「占有」の意義が下手をすれば浮上しかねない、といった話が妙に頭の隅に引っかかっている。 そして木庭顕先生は、あろうことか「法の核心は占有にあり」ととんでもないことをおっしゃる。世界のどこにでも普遍的にある広い意味での「法」ではなく、今日の我々の実定法、市民法と司法のシステムとそれを支える学理としての「法」の核心は、もちろん「人権」などではないがさりとて「所有」でもなく、今やほとんど死にかけてその意味も見失われている「占有」である、と。しかしそのことはローマ法、それも「所有」概念とともに爛熟期を迎えた帝政期のではなく、共和政期のそれを見なければわからない、とも先生はおっしゃる。
前回の続きです。相変わらずいい加減。 リチャード・ジェフリーのベイジアン意思決定論というのは The Logic of Decision 作者: Richard C. Jeffrey出版社/メーカー: University Of Chicago Press発売日: 1990/07/15メディア: ペーパーバック クリック: 12回この商品を含むブログ (1件) を見る 更に原点たるラムジー論文は言うまでもなくラムジー哲学論文集 (双書プロブレーマタII10) 作者: F.P.ラムジー,D.H.メラー,伊藤邦武,橋本康二出版社/メーカー: 勁草書房発売日: 1996/05/15メディア: 単行本 クリック: 3回この商品を含むブログ (5件) を見る所収。 ところでこの「寛容の原理」に導かれた意味と信念の全体論という構想を提示する際にデイヴィドソンは、そのインスピレーションの源泉としてベイズ
そもそも学問としての、そして近代人の基礎教養としての西洋政治思想史にはれっきとした「本流」というものがあって、そこにはボダン、マキアヴェッリ、ホッブズ、ロックといった名前が大きく刻み込まれていて、中心的なテーマはまずはいわゆる「宗教改革」以降の「絶対主義」とともにやってきた「主権国家」であり、その主旋律に対する最も重要な変奏として「自然状態」による「契約説」が絡む。そしてそれら全体を支配する通奏低音は結局のところ「法」である。――このようなイメージがある。 それに対して、「人種」「民族」あるいは「階級」といった、何と言ったらよいのか、生身の人間たちの形成する社会的な集団の問題は、西洋政治思想史においてあくまで「傍流」としてのみ扱われてきたのではないか。また聞きであるが、生前の福田歓一は「政治思想史はヘーゲルで終わり、そのあとは現代政治学になる」との趣旨の発言をしていたそうで、実際彼の教科書
今日紀伊国屋で 相対性理論 (岩波文庫) 作者: A.アインシュタイン,内山龍雄出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1988/11/16メディア: 文庫購入: 5人 クリック: 79回この商品を含むブログ (60件) を見るを買ったのはなぜかというと持ってきた四次元主義の哲学―持続と時間の存在論 (現代哲学への招待―Great Works) 作者: セオドアサイダー,Theodore Sider,中山康雄,小山虎,齋藤暢人,鈴木生郎出版社/メーカー: 春秋社発売日: 2007/10/01メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 49回この商品を含むブログ (24件) を見るを読んでいて、時間・時間内存在の存在論に関する現在主義(存在するのは現在と現在内存在のみ、endurance派)・対・永久主義(四次元時空すべてとその中のすべての存在が存在する、perdurance派)の対立構図の中
アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書) 作者: 堂目卓生出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2008/03/01メディア: 新書購入: 8人 クリック: 169回この商品を含むブログ (114件) を見る 『国富論』や『道徳感情論』を翻訳ですらまともに読んだことない無教養な人間にとってはとてもためになる本だった。内容については、 ここで描かれたスミスは、個人の利益追求絶対者でもなく、急進的規制緩和論者でもなく、市場原理主義者でもなく、経済成長論者でもなく、富国論者でもない。人類の存続と繁栄を希求し,時々の政策課題に真摯に対応し、現状にたいして熱狂も絶望もしない等身大の人間に幸福の境地を見たスミスといってもいい。 という赤間道夫氏の評が簡にして要を得ていよう。 特に印象だったのは、「富」を目指す「弱い人(小人・俗物)」と「徳」を目指す「賢人(君子)」との二元論に
私たちは日々何かを「信じて」暮らしていますが、なぜ「信ずる」のでしょうか。あるいはなぜ「信じ」たがるのでしょうか。マスメディア、統計、常識、安全、健康、科学・・・・さまざまなレベルの〈信ずる〉を、各界気鋭の研究者に語っていただきます。 稲葉振一郎 いなば・しんいちろう − 1963年東京生まれ。一橋大学社会学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。岡山大学助教授、オーストラリア・モナシュ大学日本研究センター客員研究員等を経て、現在は明治学院大学社会学部助教授。専攻は社会倫理学。 著書に『ナウシカ解読 ユートピアの臨界』『リベラリズムの存在証明』『経済学という教養』など 最近「SFという態度」について考えている。 「SF」と言えば普通は大衆文芸(ならびに同様のテーマを扱う映画だのまんがだのなんだの)の一ジャンルと理解されているし、もちろんそれは間違いではない。しかしその
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