震災8年、ますます失墜する「原子力への信頼」 迷走する原発政策に、社会の監視・評価能力を高めよう 鈴木達治郎 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授 あの日から8年。東京電力福島第一原子力発電所の事故は、日本の原子力政策にとって、大きな転換を促す事故であったはずだ。しかし、8年後の今も、原子力政策に大きな変化は見られず、福島原発事故で失った国民の信頼は回復する気配が見えない。いやそれどころか信頼はますます失墜している。 筆者は2年前のこの欄で、3つの重要課題について提言した(「福島原発事故は終わっていない——政府が取り組むべき3つの課題」)。提言とは、(1)福島第一原発廃炉措置における透明性向上と長期的な体制の確立 (2)復興・避難解除への住民参加意思決定プロセスの導入 (3)科学的情報の信頼性向上と心のケアを含めた被災者の健康福祉対策の強化、の3点である。だが残
春割キャンペーン実施中! >>詳しくは 日経クロステック有料会員になると… ・専門雑誌7誌の記事が読み放題 ・注目テーマのデジタルムックが読める ・雑誌PDFを月100pダウンロード
東京電力福島第一原子力発電所の事故から、2017年3月で丸6年。読者の皆さんは、爆発する原子炉建屋を捉えた衝撃的な映像を、鮮明に記憶しているのではないでしょうか。一方、福島第一原発で今何が行われているかと聞かれて、説明できる人はかなり少ないかもしれません。 廃炉に向けて毎日6000人が働く現場では、様々な工事や作業が同時並行で進んでいます。その目的や内容を正確に理解しようとするだけで、大変な労力が伴うでしょう。燃料取り出し用カバー、凍土遮水壁、多核種除去設備、フェーシング――。耳慣れぬ用語の氾濫が、さらに理解を難しくしています。 筆者はこれまで、主に建設会社の技術者に取材を重ね、廃炉に向けた作業の進捗をお伝えしてきました。ただし、断片的なリポートにとどまっていた点は否めません。 そこで、1号機原子炉建屋に関する工事について、日経コンストラクションと兄弟誌の日経アーキテクチュアで報じてきた内
福井県の高浜原発が大津地方裁判所の仮処分により停止したのが今年の3月。それから5カ月後の8月26日、鹿児島県の三反園知事は、九州電力の瓜生道明社長に、川内原発の運転を一時停止して施設を点検するよう申し入れた。高浜が「司法ショック」なら、川内は「行政ショック」だ。 停止要請は拒否も、止まる「川内原発」 三反園知事は7月の県知事選で川内原発の一時停止と再点検などを公約として当選。8月下旬 から9月上旬をめどに、九電に一時停止を申し入れる考えを示していたが、今回の申し入れで公約を守ったことになる。 知事が特に問題視しているのが、万一の場合の避難対策で、8月19日には原発から半径5km圏内にある薩摩川内市の集落や、30km圏内に入る隣のいちき串木野市内を視察。事故の際に使われる予定の避難道路の検証などを行い、前知事時代に作成された原発事故時の避難計画を見直す考えを示した。 4月の熊本地震後、川内原
彼らは、オダジマが、政治的な意図から、とにかく原発憎しの結論をあらかじめ奉じていて、そのために原発を停めるための理屈をひねり出して強弁してくどくど訴えているように見えている。で、その、政治的な振る舞い方の政治っぽさが政治的に許せないから、罵倒している。そういうことだ。 もとより、私には、震災を政治的に利用するつもりはない。 そうする理由もない。 ただ、一言言っておかなければならないのは、このたびの地震のような国家的な災害は、誰がどう関わるにしても、政治的な対象として関与するほかにどうしようもない事件だということだ。 災害に政治的な態度で取り組むことは、不潔なことではない。 むしろ、そうあってしかるべき、当然の帰結だと言って良い。 現政権には現政権の立場があり、それに対抗する勢力には彼らの思惑がある。その、双方ともに政治的な手段を通じて自分たちの理想を実現しようとしている政党なり政治集団が、
テロ対策、避難設備、最終処分場の不備 では、規制基準には何が足りないのか。それは、テロ対策、避難設備、それから最終処分場に関する規制である。 まずは、テロ対策。アメリカの9・11同時多発テロ以来、航空機を使ったテロは架空の話ではなくなった。日本の原発はすべて海に面しており、特に若狭湾は、14基の原発がひしめく世界最大規模の原発集中地域である。 原発を攻撃しようとする勢力にとっては、日本海側から航空機による自爆テロを仕掛けることは難しいことではない。また、沖合や、陸側からのドローンによる攻撃も簡単だ。その対策として、レーダー網や、防空体制を構築するとなったら非常に大きなコストがかかる。 次に避難者対策。福島の住民は、事故の後、先行きも分からぬままに避難し、学校の体育館などの固い床の上で、毛布一枚で避難生活をすることになった。その後、多くの人たちが仮設住宅に移住したが、夏は蒸し風呂、冬は「室内
福島の影 今回の仮処分の背景には、福島事故が収束していないことがある。大津地裁の山本善彦裁判長は、「福島の事故の大きさに真摯に向き合って同じような事故を防ぐためには、原因の究明を徹底的に行うことが不可欠だが、この点についての会社の説明は不十分だ。もし会社などが原因究明を重視しないという姿勢であれば非常に不安を覚える」と指摘した。 さらに、「福島の原発事故を踏まえた事故対策や津波対策、避難計画についても疑問が残る。住民の生命や財産が脅かされるおそれが高いにもかかわらず、関西電力は安全性の確保について説明を尽くしていない」とした。 福島では、もう一つ大きな問題が発生(というより発覚)している。東京電力による隠蔽が疑われる事案だ。東電は事故直後から2カ月後の2011年5月まで、炉心の状態について、メルトダウン(炉心溶融)ほど深刻ではなく、燃料が傷ついた状態を指す「炉心損傷」である、と発表し続けた
“後出しジャンケン”に国民が反発 ――2030年における実際の電源構成は、どのようなものなると予想しますか。 橘川 今回、議論を先送りしたことで、リプレイスはかなり厳しくなったと思います。「15%に下げたうえで、最新鋭機に置き換える」という形であれば国民の理解を得られた可能性もありました。その絶好の機会を逃がし、3年後にリプレイスを持ち出しても、露骨な「後出しジャンケン」のようで、国民の反感を買うだけでしょう。 「リプレイスありの15%」であれば、十分、達成は可能でした。だが、リプレイス議論を避けたことで、結果的に原発比率は22~20%の半分、10%にいけばいいところでしょう。つまり、15%も下回ることになります。古い原発を60年までなんとか引き伸ばして使う形では国民の理解は得られません。これが、歴史家として私の大局観です。 ――再エネは、もっと多くを見込めるはず、との見方も多くありました
5月22日、使用済み核燃料など「原発のごみ」の処分(特定放射性廃棄物の最終処分)について、国が7年ぶりに基本方針を改めた。2000年に制定されて以降、2008年にも軽微な修正がなされているが、本格的な改定は初めてのことだ。 大きく変わったのは最終処分場の選定方法。従来は、自治体が手をあげるのを待つ公募方式をとっていたが、高知県東洋町が一度応募(後に住民反対により撤回)した以外は事例がなく、全く進展がないままだった。そのため、今後は国の主導で候補地を決めると言う。 最終処分場が未定の日本の原発は「トイレなきマンション」とも言われている。国が前面に出て決めるのは当然だが、動きがあまりにも緩慢すぎる。「トイレ」が間に合わないことは明白だ。 フィンランドでは「オンカロ」年内着工へ 日本の無作為ぶりと対照的なのが、この分野の最先進国フィンランドだ。「オンカロ」と呼ばれる最終処分場が年内に着工し、20
3・11で想定外の巨大地震に見舞われ、初めて大規模な原発事故に襲われた日本。自然が引き起こす巨大災害の教訓を活かしたはずの、新しい原発の安全審査に、火山学者たちが続々と異議を唱えている。 川内原発は大丈夫なのか 「あきれはてて言葉もない。こんなに重要な問題で、あんないい加減な審査基準を打ち出して、したり顔しているとは。今回のことで私は、日本政府や電力業界に、原発の運転を任せられるような科学的な発想は皆無なんだと確信した」 九州は博多駅から電車を乗り継いで30分強、福岡大学のキャンパスで11月2日から4日まで開かれていた、日本火山学会の秋季大会に参加したある火山学者は、こうぶちまけた。 元来、火山学者の多くは、一人で山に分け入って岩石を採集したり、火山に設置されたセンサーのデータを見つめる研究生活を送っている、物静かな人々だ。 ところが、そんな火山学者たちが、「ふざけるな」と〝噴火〟したのだ
同日は原子力研究についても触れられた。澤田氏は、一言に原子力といってもさまざまな研究ジャンルがあり、それが縦割り状態になっていたため、かつて横串で見られる状態になかったという。ただ、高木氏によれば20年ほど前から学会でも横断的にいろいろな分野をつなぐセッションを設けるなど、横串を通した研究の取り組みが始まっていったという。そして事故後には、より体系的な研究の流れが加速していると語った。 その一方で、高木氏はいまなおつきまとうネガティブなイメージから、研究者の不足ならびに研究の衰退を危惧しているという。原子力研究に関する学部を擁する大学が少なくなっており、現在では3校のみ。「原子力発電を継続するにしても、廃炉にして取りやめるにしても研究者は確実に必要」(高木氏)とし、反原発が生む若い人が育成できない雰囲気について疑問視しているという。 澤田氏も「将来的に、原子力を中国から輸入するという未来も
能登半島地震 パレスチナ情勢 速報 朝刊 記事一覧 紙面ビューアー 夕刊 記事一覧 紙面ビューアー 連載 ランキング その他 コメントプラス 特集 動画・音声・写真 土曜別刷り「be」 記者イベント 天気 数独 12星座占い サイトマップ 検索 ヘルプ Q&A(よくある質問) 総合ガイド お申し込み ログイン マイページ 有料会員紙面ビューアーコース登録済み 無料会員(クーポン適用中)紙面ビューアーコース登録済み 無料会員紙面ビューアーコース登録済み 朝日ID会員 紙面ビューアーコース お客様サポート(個人設定) お客様サポート(個人設定) お客様サポート(個人設定) メール設定 スクラップブック MYキーワード 会員特典・プレゼント 提携プレミアムサービス ログアウト
慶応元年(1865年)創業の老舗、鈴廣かまぼこ(神奈川県小田原市)の鈴木悌介副社長は、「脱原発を目指す経済人」として知られる。自社の省エネを進めるだけでなく、再生可能エネルギー発電事業を進める地元企業、ほうとくエネルギーに出資。さらに「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」の代表理事として、再エネを中心とする地域のエネルギー自給体制づくりや賢い省エネの普及を進めるため、全国を奔走する。なぜ、経済人としてエネルギー問題に精力を傾けるのか聞いた。 (聞き手は田中太郎) 11月16日、エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議(略称:エネ経会議)が任意団体から一般社団法人になり、代表理事に選任されました。エネ経会議とはどのような組織でしょうか。 鈴木:一言で説明すれば、エネルギー問題に真正面から向き合う経営者の仲間たちです。現在、全国に300人ぐらいの会員がいます。活動の柱は大
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く